2008年10月02日

気くばりのすすめ




気くばりのすすめ 心ある社会をつくる「思いやりの技術」
著者:鈴木健二(元NHKエグゼクティブアナウンサー)

あらすじ
人と人をつなぐ原点は【気配り】である。

しかし現代人には気配りの心が不足している。
便利さや自己の利益を追求する戦後のせわしなさが、
相手のことまで思いやる余裕と、
考える時間を奪ったからだ
(「忙」は「心」が「亡ぶ」と書く)。


しかし現代人の思いやりの心の不足は人間性の問題ではなく、
気配りを行動に移すことに慣れていないだけである。
気配りは、身に付けることができる《技術》である。


気配りの技術には

「(1)聞き上手になる」
「(2)話上手になる」
「(3)才能の発見」がある。


(1)『聞くことを早くせよ、話すことを遅くせよ』
(「話すより、先に聞け」の意。聖書より)


人はそれぞれ人と違った優れた一面を持つ。
その考え方を取り入れ、多くの人の考えを合わせることが大切。
聞くことで視野を広げられ、発見を生む。


(2)話をする際は相手と同じ目線で話す、
視線は相手の目を中心にぼんやりと、などなど。


(3)自分が人に何ができるのか、
自分はそのために何をすべきかという向上心。
この2つの奉仕の心が、自分の才能を伸ばす。



これら気配りの技術の基礎は
『教養(特に自分の専門外もの)を広げる』ことだ。

幅広い分野の教養を持つことは
いつも何かを発見しようとする姿勢の表れである。

こういった姿勢を私生活に移すと、
人間の内面を発見できるようになり、
実用的なアイデアが生まれる。

自分の知識の枠から出ない狭い心で、
理屈や理論ばかりを追い求めてはいけない。


一方で、気配りの心は知識ではなく、
長い時間をかけて身に付けなくてはならない。
その場が家庭である。人は教えられるものより、
見たものに影響を受けて成長する。

親は、父母ではなく夫婦として関係を築き子に示す。
夫婦が互いを思いやる心が、すべての気配りに通じるのだ。 



気づいた点
○気配りは相手が気持ちよく過ごしてもらうという意味で、
相手の気遣いでもある一方、
最終的に自分に還元されてくる自分への気配りでもある。


○聖書に「奉仕の心」が書き込まれている。
宗教は絶対的な指針なので、欧米人は生まれながらにして
「奉仕の心」を疑うことなく持つことができる。

日本では、戦前あった神道や仏教、天皇のような絶対的信仰がない。
自然と「奉仕の心」は身に付くことはなく、
誰かが教え込まないといけない難しさがある。


○本書は82年に4百万部のベストセラーとなった「
気くばりのすすめ」を復刊版。

当時、400万人が読んだにも関わらず復刊したのは、
気くばりの実践の難しさがあるからであろう。

当時の読者の反応は「気くばりに対する努力をしなかった」
「自分は既に気配りをしていると感じた」の2つに分かれたと思う。
気くばりはしすぎることはないだろうから、
常に自分は40点のできだという謙虚さが必要だと感じた。
posted by サメオ at 16:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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